徳之島の不思議な話色々


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徳之島の話 投稿者:イサム 投稿日:2007/03/04(Sun) 15:52 No.1238  
徳之島の話、徳之島の文化財は引越しました。
BBSも新しい物がありますので、そちらにお願いします。

新しいサイトは、
http://www.amami-jc.com/

宜しくお願いします。



Re: 徳之島の話 むーこ - 2007/03/07(Wed) 01:44 No.1239  

イサムさん
ウナンガナシの情報ありがとうございました。
徳之島郷土研究会に集まる、先輩方ならウナンガナシの事
分かるのでは?と思って研究会の開催を待っていたのですが、さすが!知ってる方が沢山いましたよ。

鰻神様ウナンガナシ 母間の方言では(ウナンギャナシ)と言います。
母間のちょうど集落の真ん中位を流れているフッコー(福川)に深いたまりがあって、そこには年代は分からないが、何代も受け継いで、大鰻がすんでいるそうです。
現在もすんでいて、見た人によれば体はコケムシていてデカイ鰻らしいです。
昔その鰻を取って食べた人がいて、その人は災いにあったという言い伝えがある。また、他にも取ろうとしたした人がいたが、なかなか捕まえる事が出来なかった
という言い伝えもある。
それから、昔、母間が大火事にあった時、このフッコーを境に大火事は納まりそれ以上広がらなかった。という言い伝えや

大鰻が深みから外に出歩くときはタナガ(川えび)がみんな川の端のへりに飛びのいて 通り過ぎるのをまっている。のを見た人がいる。

特別拝み奉っているわけではないが、フッコーの主として大事にされ、このフッコーにいる鰻は絶対に捕って食べてはいけないという言い伝えがあるそうです。

それで、このフッコーに住む大鰻のことをウナンガナシと言われているそうです。今は夜光貝の池村さんが大切にしているそうです。

東京の利根川にも鰻神様の言い伝えがあるそうです。



迷惑書き込みについて、 投稿者:イサム 投稿日:2007/03/03(Sat) 17:25 No.1237  
先日より、徳之島情報センターBBSそれに、このBBS
あとてるえさんのBBSに迷惑書き込みをした人がいました。
今までは、削除して何もしませんでしたが、
これからは、プロバイダーに連絡する事にしました。
今回の書き込みも「ぷらら」に連絡いたしました。
多分回線使用停止になるでしょうね。



今年は葬儀が多い 投稿者:イサム 投稿日:2007/02/27(Tue) 17:37 No.1232  
今年は1月に、3件の葬式2月に入ってすでに、3件目、
徳和瀬関係の葬儀が非常に多い、、この分では、
今年の十五夜等、行事関係は全滅、多分行われないだろう、、
明日の葬儀は親戚に当たるので、多分墓まで行く事になるけど、島では、相変わらず昔の仕来りが残っており、
「ウサギベン」と言って、親戚筋から、4人の墓堀、棺おけを担ぐ人が選ばれる、、選ばれた人達は、名誉なのか、何なのか解らないが、酒、料理等、一番最初に手を付ける、
この人達が手をつけないと、他の人達は食べる事が出来ない。

各村々で色んな風習があると思うが、聞いた話では、亀徳では、その4人の人達に膳が準備され、これを食べる、食べている間、一切口をきいてはいけないらしい、、しかも、残してはいけないそうだ、、他の地域でこのような話が残っている所が
あれば紹介お願いします。



Re: 今年は葬儀が多い イサム - 2007/02/27(Tue) 21:01 No.1234  

今、引越しの準備中です。このBBSも新しいタイプに変更
不思議な話、文化財関係を別サイトに移します。
この徳之島情報センターのサーバーが大分、負担がかかっているようなので、ココで、分割する予定です。
トップページのみ作ったので、仮の公開

メニューは項目が多すぎるので、折りたたみ式のメニューにしました。
http://www.amami-jc.com/



Re: 今年は葬儀が多い イサム - 2007/03/02(Fri) 21:12 No.1235  

サイト移動中ながら、直ぐ終わると思いつつ、、作っている間に、追加項目が次々と増えてしまい、移動と言うより、
新しいサイト構築になってしまいました。

今現在、文献をアップするためのソフトを組み込み完了、
あとは、直ぐに修正加筆の出来る、年表が在れば完璧なのですが、中々良いのがみつかりません。



ウナンガナシ 投稿者:むーこ 投稿日:2007/02/11(Sun) 23:56 No.1209  
先日、以前徳之島に住んでいた東京在住の友人(おじいちゃんです)から、問い合わせが来ました。
この方は趣味の範囲ですが地震について幅広く勉強している
方なのですが、調べて教えてほしいという事で、
身近な方に色々聞いたのですが、まだ分からないのです。

明治28年発行の「徳之島事情」と言う本に出ているらしい、「鰻神様・ウナンガナシ」についてです。
どういうものなのか教えてほしいとの事です。

余計に分からない島口も出てきました。
波風が全くなくすごく凪いでいる海の事を「ウナンドゥレ」というらしいです。初めて聞きました。凪いでいる事を「トゥレィ」と言いますから、「ウナン」は何?なんでしょうか。




Re: ウナンガナシ 琉球松 - 2007/02/13(Tue) 17:09 No.1212  

 「ドゥレ・トゥレ・トゥリ」は、琉球王国編纂の「オモロさうし」に出る「ドロ」でしょうかね。
 現在の沖縄口で言えば「ドゥル」で、もちろん凪の状態を言います。

 「ウナン」も沖縄宮古八重山と比較することで解明可能だと思いますが、それにしても沖縄諸島で死語になりつつある琉球方言が、徳之島ではまだまだ元気なようですね。



Re: ウナンガナシ イサム - 2007/02/13(Tue) 21:27 No.1213  

皆さん、こんばんわ、
「ウナンガナシ」これは一体どういう意味なんでしょうね、、
色々調べて見ましたが、意味は解りません。
明治発行の徳之島の本にもビックリですが、この頃の言葉が今では完全に消えたのでしょうか?未だどこかに残っているような気もします。

と、色々本を探すと、徳富先生より、頂いた本が出てきました。ノロとか、地名に関する物が載っていました。
先人の努力には、頭が下がる思いです。
この中の、各集落のノロ名とか、キナリョウさんの好きな
地形による、地名考等があります。そのうち紹介します。



Re: ウナンガナシ きなりょう - 2007/02/14(Wed) 12:24 No.1214   HomePage

徳富先生の本、関心ありますね。
ぜひ紹介してください。
わたしも入手したいのですが・・
どうすればいいのでしょうか?

キナでは、以下の通りです。
ウナン・・牝牛
トゥリィ・・やせている。



Re: ウナンガナシ 琉球松 - 2007/02/14(Wed) 21:51 No.1215  

 その本、紙質や印刷の具合からすると復刻版のような感じですね。古書店にあるかもしれません。
 また一つ楽しみができました(笑)。

 ところで、この「ウナン」。。「カナシ」は敬称でいいとして、沖縄からみると「ウナイ(姉妹)」を連想しますね。



Re: ウナンガナシ インバナリ - 2007/02/19(Mon) 21:27 No.1226  

ワァキャ兼久でも、ウナン(牝牛)でトゥレ(凪)だね。ただアリィヤ・ウナンダー(アレはおとなしい人だ)とか牝牛の穏やかさを他に転用する事もある。

ウナン・ドゥレーだと兼久ニンジには(穏やかな凪)に聞こえるけど?



Re: ウナンガナシ インバナリ - 2007/02/19(Mon) 21:32 No.1227  

↑ごめん! 凪の海もウナンと言う。キュウヤウナンヤー(今日は凪だ)と言う。


Re: ウナンガナシ 琉球松 - 2007/02/20(Tue) 12:32 No.1228  

 インバナリさん、これは参考になります。

 徳之島方言の「ウナンダー=おとなしい」が、沖縄中南部方言の「エンダー=おとなしい」と同義なら、「エンダー」は「ゥエンダー」と表記したほうがいいかもしれません。



Re: ウナンガナシ インバナリ - 2007/02/23(Fri) 00:33 No.1229  

琉球松さん初めましてインバナリです。

ウナン(牝牛)でダーは(だよ)とかでして、ウナンダーと言う単語とは違いますのでご勘弁を・・・。
私は沖縄復帰直後から今まで数十回以上沖縄にお邪魔しています、それに在京の沖縄の人とも飲み仲間が大勢いますが、沖縄中部までは島口会話が出来ますよね、特に沖縄北部だとほとんど会話に苦労しません。

徳之島の兼久グチはよく機関銃のようだと他のシマから言われますが言葉の鷹揚が無い分、逆に訛の出ない標準語が可能です・・・とシマ自慢?(全島口説の蚊の多い兼久部落とは兼久グチの単調な調子を例えたという説もあります)

凪の海でもウナンはもったりとした油を流した様な波の無いうねりだけの海を言います。ウミンチュー(沖縄方言だが)以外は普通使いませんね。







Re: ウナンガナシ 琉球松 - 2007/02/23(Fri) 19:05 No.1230  

 インバナリさん、どうもどうも。

 "ウナン(牝牛)でダーは(だよ)とかでして、ウナンダーと言う単語とは違います"。。。それこそ参考になります。
 沖縄諸島で語義や語源が不明な言葉は、だいたい奄美諸島からの流入だと考えられるんです。
 奄美での合成語が沖縄で単語になっちゃう事はありうるわけですね。

 ちなみに、16世紀頃から編纂が始まる琉球王国の「おもろさうし」にも多くの奄美語が入っているとされていて、沖縄ンチュが逆立ちしても解けない言葉を、奄美出身者が解いたるするようですよ〜。



Re: ウナンガナシ 美紀穂 - 2007/02/27(Tue) 18:44 No.1233   HomePage

ウナン=雌牛 ガナシ=徳之島の最高に尊敬し敬う表現、言葉
雌牛は戦後の、農機具が流行るまで農耕、荷役、子を産まして売り現金を得る、雌の牛は一石二鳥にも三鳥にもなる非常に大切ななものだったのです。島口で『ウシ カナァスムンヤ、セイコウスイ・ウシ カナァサァラムンヤ セイコウサラン』=「牛を可愛がる者は、成功すが・牛を可愛がらない者は、成功しない」と昔の年寄りはよく言っていました。この表現に現れているように私たちの記憶にない昔から、雌牛は大事にされてきたのです。私たちの記憶にない遠い昔、日本で最初に徳之島に牛は入ってきたのだと考えています。それが証拠に徳之島には牛を祀る寺、神社が遠い昔の原型のまま残っているではないでしょうか?(牛が伝染病にかからないように、祀ってあるそうですよ)私の住む石川県にも元々は牛を祀ってある神社、寺はあったそうですが、西暦700年代の仏教の伝来によりそれが変質したようです。
※ウナン=雌牛 ※ガナシ=徳之島の敬い言葉 例えば→ウヤホウガナシ=先祖に対する最高の敬い(尊敬)の言葉です。徳之島の方言は日本書紀、古事記など古い書物などにも出てくるのです。この事をしっかり研究する学者がほしいですよね。写真は元々は牛を祀ってあったと言われる寺



ウービラの位置 投稿者:イサム 投稿日:2007/02/19(Mon) 20:34 No.1224  

私とした事が、ウービラの位置がややずれていました
どちらにしても、この方向へ行くのは可也道が悪い、



Re: ウービラの位置 イサム - 2007/02/19(Mon) 20:37 No.1225  

GPSデーターを見ると、ウービラの周りをウロウロしてたようです。しかし、左と右の真ん中方向へ行く道があったでしょうか?無いような気がするけど、、あの開けた場所を一旦下る道でしょうか?もう一度、確認に行かないと、、


ウナンガナシ続編 投稿者:むーこ 投稿日:2007/02/15(Thu) 00:39 No.1216  
ウナンガナシの質問主から、再度詳しいメールが届きました。
なんだか、私には難しすぎてわからないので、原文のままのせます。陰陽5行説なんて、初めて聞きました。
お葬式の旗の意味も初めて分かりました。
では、下記の通りです。

ウナギが先にあったのか?牛が先なのかが判らないのです。
陰陽5行説という2000年前の中国の原理があって、漢方医療や漢方薬、暦の元になっています。
例えば、島にお世話になっている時、土葬で葬る葬式の時、野辺の送りに、行列の先頭に黄(土をあらわす)黒(水を表す)赤(火)白(金)青(木)の五色の幟を立てて行くのに参加した事があります。
皆さんは、集落のしきたりと思って行列していたとおもいますが、私にとっては、民族学(陰陽五行)の見地から、グスク時代からのしきたりか?薩摩時代に入って来たものか?興味がありましたが、その時は誰も教えて呉れませんでした。調べるとグスく時代に「陰陽5行」は既に徳之島に入っていた様です。
話をもどします。牛は暦や「陰陽五行」では、「丑」(ウシ)で、東北の方角の事です。東北は「陰陽五行」の「冬」で色は「黒」です。ヤヤコシくて済みません、「黒」いもので「水」に関係する身近なものは「ウナギ」です。「水」、「黒」から連想するのが「ウナギ」なのですが、徳之島では闘牛の「牛」が伝統だから「牛」の神と思はれているのかも知れません。研究している人に聞いてください。民俗学者でも、史学者でも「陰陽5行」の勉強をしないので、江戸時代の医者や漢方薬の人の方が凄いのです。今の学問は明治の薩摩人が江戸文化や沖縄、南西の文化を抹殺した結果、「陰陽」や「暦」は地域のしきたりに、理由もなく残っているに過ぎなくなってしまったのは、ざんねんです。では、また。



Re: ウナンガナシ続編 イサム - 2007/02/16(Fri) 09:45 No.1217  

しかしこれは、難しいテーマーですね、
陰陽五行と言えば、道教とか、風水とか、ありとあらゆる物に関係してきますが、徳之島の陰陽五行と言えば、
以前話していた、義さんの、徳之島に道教が入っていると言う
説と関係して来ると思いますが、そうなると、おのずと、
場所が限定されそう、、井之川の方言、、伊仙の方言に
ウナンガナシが使われそうです。
暇人さん、これ見たら、井之川の年配者に聞いてくれる、

単純にウナンガナシと言えば、うなり神を連想します。
うなり神さんの、唄の師匠さんはこの言葉を知らないかな?



Re: ウナンガナシ続編  - 2007/02/16(Fri) 11:53 No.1218  

了解しました。
後程叔父達に確認してみます。

>うなり神さんの、唄の師匠さんはこの言葉を知らないかな?
うなり神の師匠も井之川出身なのでもしかしたら?・・・・・



Re: ウナンガナシ続編 琉球松 - 2007/02/16(Fri) 14:09 No.1219  

 他島ン人の思いつきとして聞いてほしいんですけど。。。

 「ウナン」が「ウナイ・ウナリ」など航海安全の最高神としての姉妹や「凪」との関係があるとすると、地名の可能性はないでしょうかね?
 つまり、徳之島南部の「面縄(ウンナ?)」沖は航海にとってはより安全な海域ではないかと。。。
 と言うのも、沖縄島北部の「恩納(ウンナ)」海域から名護湾にかけては、良好な避難港として知られていたりするわけで。。。どうなんでしょうかね〜、面縄沖の海域の状態は??



Re: ウナンガナシ続編 うなり神 - 2007/02/18(Sun) 19:12 No.1222  

ちょっと聞いてみます。


田舎に泊まろう 投稿者: 投稿日:2007/02/17(Sat) 13:16 No.1221  
徳之島で撮影の田舎に泊まろうが今放送してますよ(鹿児島県)(KKB)(62チャンネル)


今日の収穫 投稿者:イサム 投稿日:2007/02/16(Fri) 18:19 No.1220  

今日は、目手久の幸山さん宅まで、行って来ました。
明日より、小学校の吹奏楽関係で、ビデオの編集で忙しくなるため、今日しかないと言う事で、出かけました、、
幸山さん宅の本棚を見ると、これ又貴重な本が、
面縄貝塚、徳富先生雑記J、、
ありがたく頂いて来ました。さらには、家計図があり、
これで結構爆笑出来ましたが、、内容は、義家の皆さんの名誉のため、書けません、、、しかし、この系図に家の母方の本家の墓が写ってたのにビックリでした。



シマの祭り 投稿者:きなりょう 投稿日:2006/08/16(Wed) 10:41 No.561  
シマの伝統祭りはすべて米や稲がらみ。
なぜ、それなりに伝播の歴史のあるサトウキビ、または牛の
祭りがないのだろうか?これがいまだにもって不思議?



Re: シマの祭り イサム - 2006/08/16(Wed) 11:56 No.562  

きなりょうさん、こんにちわ、

島の祭りは、まさに政(まつりごと)なんですよ、
この辺はあくまで私の推測なのですが、
正直井之川の夏目踊りは、常識を逸脱しています。
各地に残っている、ムチタボリも同じ、
大体、一軒一軒家を回るような非常識と思われる祭りは、
その当時の政治が絡んでいる可能性がある。

例えば、謀反者も探すのに、打て付けの祭りが上です。
一年に一度全家庭を皆で訪問すれば、簡単に謀略も企てられないでしょう。
豊年祭りを正面に出して、本当の目的は別にあったのでは無いでしょうか?
だから、そいうのが必要で無い時代に生まれた、さとうきび
の祭りは存在しない、この辺が真相では、無いでしょうか?

まぁ、こう言う事を言うと、反発もありますが、
可能性としては、あると思います。



Re: シマの祭り イサム - 2006/08/16(Wed) 12:11 No.563  

ついでに言えば、日本の政治と宗教も密着していますね。

士農工商と農業は上から2番目、しかし、一番辛い思いをしたのは、農業、、これらの人が、農業を辞めないように、

先祖代々の土地と墓を守り、、、と宗教で抑えた、
3回忌、7回忌と、正確には、99回忌まであったと思うけど、
私の記憶では、元々仏教には、墓はありません。
理由は輪廻転生ですからね、、、

大分乱文でまとまりの無い文章ですが、、



Re: シマの祭り きなりょう - 2006/08/16(Wed) 14:09 No.564   HomePage

策略防止の意味合い。かなりおもしろいですね。想像もつきませんでした。

政治と司祭は、陽と陰。その関係は密接ですね。古代も現代も人心掌握の必要性、構造は全く同じですからね。

1610年に奄美にサトウキビが伝来して400年弱(もたらした人は大島の同じ直姓の人のようです)。サトウキビにまつわる祭りごとがないのが不思議だった。

ただ、政治(司祭、おなじまつりごと)と米が結びついた関係がまだわからない。主食とするならばイモ類でも十分なしえたはずだが。徳之島に米をもたらしたのは誰か?



Re: シマの祭り 琉球松 - 2006/08/19(Sat) 13:25 No.567  

 沖縄島に稲を持ち込んだのは、やはり、女神「アマミコ」となっています。(対語はシロミコ・・シロ、シル、シネは稲の意味があるとされる)。
 彼女、あるいは彼女をリーダーとした集団が、沖縄諸島の「ゴホウラ貝」を採りにきことは、考古学上間違いないわけなんですね。
 ということは、当然奄美経由で来るわけで、奄美の島々村々では、稲作マニュアル、航海技術、思想の伝播などを伝えたと考えられます。
 ですから、奄美大島の「神様によって島人の尻尾が取れ人となった」という伝承は、2000年以上の昔の出来事だと考えていいと思います。
 神々「アマミコ」は、旧暦の2月に大島北部に到着し、およそ2ヶ月間奄美諸島の滞在(イモ貝を採っていたかもしれない)後の旧暦4月にさらに南へ・・・そして沖縄島へ旧暦5月にやってきて仕事を済ませた後の7月頃北へ・・・この頃の与路島&請島では、徳之島経由で南から帰ってきた神々を北へ「お送り」しています。
 さらに大島の「ヒラセマンカイ」などでは、8月に神々を歓待し、北へ「お送り」するわけです。

 ですから、琉球圏のほとんどの祭りの根源は、「ヤマトの中心で生まれた神」であると考えたほうが理解しやすいんです。
 ただ問題は、我々島ン人の言う「ヤマト」が同志的時代の国なのか、敵対関係の時代なのかが問われると考えますね。



Re: シマの祭り  - 2006/08/19(Sat) 17:29 No.568   HomePage

きなりょうさん イサムさん
徳之島の犬田布岬には小さな寺?神社?(岩陰の粗末なもの)があってもともと牛を祭ってあった。(小学生の頃遠足で犬田布岬行った時の先生の話・母から聞いた話)現在は犬田布岬に戦艦大和の慰霊塔が目立っているのでそれがメーンに見えるけど、本当は【神秘の岬】なのです。秋利神から犬田布岬を見た時に上にある大きな石が親牛、小さな石が子牛で【親子石】といいます。昔の伝説によると、幼少の頃に聞いた話でうる覚えですが、『他島(島の名前忘れた)で子牛を買って徳之島に連れて来たところ、親牛が子牛を想い綱を噛み切って逃げ出し徳之島の犬田布岬に泳ぎ着いたと言う話』
※メス牛のことを島口で(ウナン)といいます。アギナでは秋利神から犬田布岬まで波が全くなく凪(なぎ)になることを(ウナンドゥリ)といいます。
※戦艦大和の慰霊塔が犬田布岬の景観を悪くしていると思うのは私だけでしょうか?

各地の祭りについて
古代から支配階級は一年一回の祭りによって庶民を息抜きさせ、暴動を防いだのです。祭りの時だけ規制を緩め、支配階級はうまいこと祭りを利用していたのです。何処の祭りでも同じ、庶民の普段の生活の苦しさや、支配階級への不満、うっぷんばらし(エヤ抜き)の場なのです。(祭りに参加している当事者のほとんどがそのことに気ずいていない)
※たった一つだけ支配階級の祭りがあります。それは京都の祇園祭です。



Re: シマの祭り  - 2006/08/19(Sat) 17:58 No.569   HomePage

追伸
>シマの伝統祭りはすべて米や稲がらみ
全国の祭りは豊年祭り(秋祭り)です。稲作が始まって以来、米が主食ですから・・・
牛は農耕牛としてひじょうに大切なものでした、全国に牛を祭っている神社などがある。
※サトウキビは主食にはなれない、副食、味付け、焼酎の原料、その他



Re: シマの祭り イサム - 2006/08/19(Sat) 18:49 No.570  

美紀穂さん、こんにちわ、

犬田布の神社の存在は知っていますよ。
さすがにあそこが、牛を祭ってあるとは知りませんでした。
あの、神社名前等解らないでしょうか?
犬田布の人だったら解るかな、、、、
>戦艦大和の慰霊塔
確かに景観は悪くなっていますね、あんなに大きくなくて良いと思います。あそこも近々決断しないとだめでしょうね。
かなり崩壊が進でいます、壊すなり、修理するなり、作り変えるなりしないと、危険です。



Re: シマの祭り  - 2006/08/20(Sun) 07:34 No.571   HomePage

イサムさん
>神社名前等解らないでしょうか?
神社の名前までは覚えていません。ごめんなさい。犬田布岬に私が高校生の頃、民間の博物館で(岩井博物館?名前が定かでない)がありましたが現在もまだあるでしょうか?あるならそこで聞いたらどうでしょうか。






Re: シマの祭り きなりょう - 2006/08/20(Sun) 14:03 No.572   HomePage

場所はわかりますが、神社名は忘れましたね。

インタブ地区はカムィヤキ時代の牛の放牧地ではないかが持論です。サギバル、インタブ、トーバル、キナはなだらかで耕地には適しているのですが、原生林が少なく、ほぼ二次林。キナの語源である焼畑と放牧を繰り返した結果が現在の植生では。

その象徴としてインタブ岬には牛を祀るなにかがある。エラブの田皆岬や沖縄残波岬に同じような言い伝えがあれば、仮説としては面白いと思います。三者とも島の西側で吹きさらしの地である自然条件は同じようなところです。自然所以も考えられますが。



Re: シマの祭り 美紀穂 - 2007/02/12(Mon) 08:51 No.1210   HomePage

むーこさん
古い枠を引っ張り出してすみません。私の書き込んだNO568に「ウナンドゥリ」のことについて載っています。ウナン=雌牛・ドゥリ=海が凪(なぎ)になること。
※今日の海は波が全くなく凪いでいる。島口で表現すると「キュウヌ、ウンヤ ナミテェンネンゴ トゥリトゥイヤ」
NO568では、犬田布岬に親牛が泳ぎ着いたと書いてありますが、その後母に電話で確認したところ親牛は秋利神に泳ぎ着いたとのことでした。訂正してお詫びいたします。



Re: シマの祭り むーこ - 2007/02/12(Mon) 23:52 No.1211  

なるほど。牛を祀る何か??
では「ウナンガナシ」は鰻神様ではなく、雌牛神様、の事なのでしょうか?
島の牛飼いの歴史はかなり古いそうですから、雌牛神様の方が
可能性ありそうですね。
でも、雌牛神様(ウナンガナシ)って聞いたことはございませんか?



旧石川県庁前の巨木 投稿者:美紀穂 投稿日:2007/02/10(Sat) 22:36 No.1199   HomePage

旧石川県庁前の巨木、県指定天然記念物です。建物の大きさから見てこの木の大きさが分かると思います。徳之島も巨木など全ての文化遺産、自然を大切にしてほしいですね。



Re: 旧石川県庁前の巨木 美紀穂 - 2007/02/10(Sat) 22:44 No.1200   HomePage

もう一枚どうぞ、



Re: 旧石川県庁前の巨木 イサム - 2007/02/10(Sat) 22:48 No.1201  

ワー、、、でかい、、美紀穂さん、こんなに大きくなる木
木の名前は何と言うのですか?
建物が4階でしょうか、それから推測するとかなりの大木



Re: 旧石川県庁前の巨木 美紀穂 - 2007/02/11(Sun) 22:34 No.1207   HomePage

シイノキだそうです。説明書きを読んだほうが早いですね。よろしく、



Re: 旧石川県庁前の巨木 美紀穂 - 2007/02/11(Sun) 22:54 No.1208   HomePage

旧県庁と同じ城内の、金沢城、菱櫓(ひしやぐら)もついでに!!

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