聖域巡りレポート クシ墓

クシ墓の位置

この地図は「国土地理院発行の2万5千分の1地形図(徳之島)」を使用しました。


現在のクシ墓の様子
2006年9月に皆で行きましたが、写真の通り余りの草の多さで全体像が掴めず、
肝心のネータラカンジャクの墓も何処にあるか解らない状態でした。
又、以前あった、親子墓等が見当りませんでした。

琉球王朝時代、は ワシ(徳和瀬)、シュダ(諸田)、カニ(神之嶺)は、
カンニンウシシギャとネータラカンジャクという、豪勇達が治めていました。
ネータラカンジャクが早朝カンニンイジュンに水を飲み行った所、カンニンウシシギャに不意打ちをくらった
死期を悟った、ネータラカンジャクはイジュンの下の川から石を拾いそれを担いで
この地まで、運び自分の墓場とした。

もう一つの説として、ネータラカンジャクが死期を悟り、八の嶺迄、駆け上がり、
そこで大石を担ぎ上げココまで運んだ、

イジュンの下の石より、八の嶺の大石の方が、ドラマチックではあるが、
私の見た感じでは、あの石は丸く成っており、山の石というより、川の石。

ココに出てくるイジュンは現在でも水が湧きだしており、石を拾った川も現在残っています。
下の写真は現在のイジュンの様子、現在ココの水が飲料水の水準を満たしているかどうかは
解りませんが、私が子供の頃は、断水になると、ココに来て水を飲んでいました。


現在のカンニンイジュンの様子

ここには、昭和60年代に一度行った事があり、その時のビデオからの映像で
紹介します。この頃とはかなりイメージが違います。



昭和60年代にここに行ったとき、祖母には、止められました、、怖い所だから止めなさい、
特に奥には、行かないようにと注意を受けました、祖母の話では、昔、ココに墓のある方が亡くなり、
葬儀の最中、突風が吹いて、棺おけごと飛ばされたとか、それ以来、葬儀の際は、飾り無しで行われるとか
ネータラカンジャクは怖いとか、、そう云われると尚更行きたくなるのが人情で、チャンと礼を尽くして
入れば大丈夫と思いこの時奥に入りました。


この石がネータラカンジャクがカニから一キロもあるこの地まで運んできた石です。
土の下にもかなり入っているのか動かそうとしてもピクリともしませんでした。

このクシ墓には、珍しい墓があるので紹介します。去年行ったときは、何処にあるのか解らなくなっていましたが
昭和60年代のビデオに残っていました。

人の形をした人形墓


大小の親子墓

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