天城町秋利神川北岸の戸森線刻画


秋利神川に掛かる秋利神大橋この下の道を北に進むとそこに戸森線刻画がある


これは現在の線刻画の様子です。
柵がされ、中には入れないになっています。勿論線刻画保護の為です。
奥の柵が第一線刻画、手前が第二線刻画です。


柵が出来る前の第一線刻画付近の様子(昭和62年)


この画像はビデオからキャプチャした物のです。
実は徳之島の遺跡のビデオ化のため取材中に
第二の線刻画を発見しました。
この当時はこの辺一帯は藪の中で、真中の故前田先生が
気分が悪くなり途中休みを取った為偶然見つける事が出来ました。
下の画像は第二の線刻画発見時の画像です。


故前田先生がこの岩に腰掛け何気なく
上の落ち葉を手で払った所下から線刻画が出てきました。
私も大発見に撮影するのも忘れこの岩を清掃し途中で
気づいて慌ててこの状況を撮影しました。

第一の線刻画の画像






昭和62年当時私達が取材に行った時何処かの不届き者が
ペンキのような物を塗り拓本を取ってありました。
これがきっかけで柵が設けられるようになりました。


第二の線刻画






第一の線刻画は大正末期に発見されたが、これまで関心が薄く
近年第二線刻画が発見された事で関心が高まり
天城町教育委員会では梅光女学院大学国分氏に調査依頼をした、
その結果、船や矢を線刻した動機は、呪術的願望達成であり、線刻した道具は
鉄利器で、線刻した人はこの周辺の住人で、線刻した時期はグスク時代で
あろうとし、一箇所に大小、様々の30もの多くの船、矢が刻まれており、
アジア地域で始めての発見で極めて重要で、学術上の価値が高いと
所見を述べている。

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